FC2ブログ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by マダスカス
 
[スポンサー広告
宇宙意思について。

 GS美神極楽大作戦にでてきた理論の自己解釈です。



 宇宙や世界には大きな流れがあります。それは物語と言い換えてもいいでしょう。世界は、その大きな流れを絶対的に変えてしまうような改変を防ごうとします。この作用のことを宇宙意思といいます。型月での抑止の力と同じようなものです。

 具体例を挙げてみましょう。

 あなたがある所でAさんとBさんに会いました。そのことを宇宙意思とします。そうすると、もしあなたがその場所で二人に会わなくても、二人に順ずる誰かに会っていたかもしれません。また、違う場所で二人ないし一人に会うかも知れないのです。

 歴史上の事柄で考えてみると、タイムトラベルなどで昔いた独裁者を暗殺して、戦争の引き金となった独裁国家が生まれなかったとしましょう。しかし、“流れ”の中には独裁国家が存在することになっています。ですから“流れ”を修正するために、宇宙意思は他の国にそのような国家が現れるようにするのです。
 そして、この修正された世界と私たちの世界は平行世界の関係となります。


 平行世界は、今の私たちがいる世界と大まかなところは同じです。しかし、細部を見てみると所々に差異が見られる、そのような世界のことです。

 宇宙や世界を大きな木の幹にたとえると、平行世界はその一つ一つの枝や葉といえるでしょう。基本となる大きな流れがあり、その世界はそれぞれ違った未来へ続いていくのです。

 そこには、自由があります。しかし、その自由とは“流れ”を変えない範疇にとどまります。変えるてしまうおそれがあるものは、宇宙意思によって排除されるのです。

 排除のされ方は様々です。事故や事件のような場合、または民衆の暴動なんてこともあります。そのことをふまえると、“宇宙意思=民衆の深層意識”といえるでしょう。



 以上が私の解釈でした。

Posted by マダスカス
comment:1   trackback:0
[雑記
comment
宇宙意思ってのがあると考えるならそれは考えであって現実ではないよな。
宇宙意思という物があるなら他の分岐した世界ってのがあるのが前提にあって俺達に返ってくるのはいつも結果だからな。
俺は思うんだが、マダスカスの話はいつも結果論に帰結しかねない。
運命だろうが宿命だろうが、んなもん起こった出来事に対して大それた名前付けたのは誰かであって、運命なんてたかが出来事でしかない。
つまり起こった出来事、起こるとわかっていることに対して『運命』つってるだけで運命なんて大それたこといってるけど
別にそれを特別視するかしないかの個人的な問題であって大したことじゃなくないか?
そんな出来事を美化してどうする?
運命とか宿命とかいう概念なんざ人間の生み出したくだらない美意識の産物だと思わないか?

ついでに言えばマダスカスは書物によって得た知識に対しての意見が多くないだろうか?
書物は人を豊かにする…
考えを与える…
思想を与える…
当たり前のことだがそれは他人からの思想、真理、哲学である。
俺が思うに、例えば哲学ってのは自分の中から生み出せるものだと考えている。
自己の内側から発生し得るモノにもっと耳を傾けてみたらどうだろう?
自分が考えたことに対して現実と当てはめてこうではなかろうか、と考える。
本当の自分を見つめる。
どす黒い自分。
正直人生なんてくだらなく、自分の未来を考える度に、現在の自分の心身の姿を見つめ直す度に反吐を吐きたくなる。
その先にやっと何かが見えてくる。
そこで模索する。
考えてみる。
大衆に呑まれるとか、誰かに一緒にされたくないとか個性が欲しいとか、誰か認めてくれる存在が欲しいなんてどうだっていいことだ。
もっと大切な何かがある…それが俺の場合、『世界』ってこと。
『世界』は世界じゃない。世界なんざどうだっていい。
『世界』は感覚的でセンセーショナルなものだ。
だから将来は世界を回ろうかなと思ってたりするww
2008/01/28 23:52 | URL | edit posted by ロリ桐
comment posting














 

trackback URL
http://indeterminatelogic.blog42.fc2.com/tb.php/15-db447829
trackback
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。